20180909

公開日
2018-09-09 13:04:12
更新日
2018-09-09 22:41:56

やっと繋がった。うちのえんじにあは直接利益を上げられていない、って言葉にずっともやもやしたものを抱えていた。労働者視点だと「皆が出来ないことをやっている代わりに賃金を得ている」だけど、経営者視点だと「えんじにあがいくら仕事しても直接お金を稼いでくる訳ではない」だからズレてるんだなあ。そりゃ社内案件ばっかなんだからしょうがないでしょ。営業雇って外注の仕事貰ってくれば稼げる部署になるけど、インハウスでわざわざ部署作ったのってそういうことさせたいからじゃないのにそういうことを求められるのはおかしい。

出来ないことをやっている、に価値を付けられるのは多分やっている事の価値が分かってないと出来なくて、そういう意味で自分の価値を測るためって目的だとあんまりマッチングしてなかったんだなってそろそろ1年目を迎えるって時にようやく気付いた。逆も然りで、自分も自分が生み出している価値を正確に値踏み出来ないと正確に評価されていないと思い上がる事になるのでその辺は自戒せねばなるまい。


やりたい事が多すぎて逆に絞りきれずに結局何にも手を出さずに終わってしまうっていうのが今まで結構あったんだけど、ようやく最近は腹括れるようになってきたな。捨てる勇気って題名の本あったと思うけど、読まずして境地に辿り着いてしまった。

やらない、という判断を下すのは自分の中ではすごく難しい。世の中は「やった方が良いこと」で溢れていて、やらないっていう判断を下すのは「本当はやった方がいいんだけど、でもやらない」という事になる。その誘惑に耐えるのが難しい。自分の事以外だったらその辺の判断は簡単に下せるんだけど、自分の事になるとどうにも時間が無限にあると錯覚してしまう。自分の時間も有限なのに。

自分の思い描く人生を生きるために、「やらない判断」を今後ズバズバやっていけるようになろうと思う。